写真:ドナウ川側から見た旧棟
全テスト終了
本日でやっと後期試験期間中の全試験が終わり、かなり力が抜けた。
期間中は、ブログを書く時間さえ割くことができなかった。
試験日程は早い者勝ちで、オンラインプラットフォームのNeptunから登録できる。
各テスト3~4つある日程から選択することができ、1回目に失敗、または成績を改善したい生徒は、日程が残っていれば再度受験可能というシステムだ。
今回は経済学と統計学が生徒にとってかなりきつかったようで、最終スロットまでたくさんの生徒が受験し続けていた。
特に統計学は最終週であるというのに、今週末の試験にいまだに100人を超える生徒がテストに登録している。(全部で300人の科目)
写真:後がない135名は相当なプレッシャーだろう ※クリックで拡大
私はというと、統計学は最初のスロットに登録し、グレード4だった。
元エンジニアがそれでいいんか、というのもあるかもしれないが、グレード5を目指して再試することは、他の科目の日程を考えると、とても対応できないため、これで満足である。
ちなみに最初のスロットも150人までの登録だったが、半分くらい落としたらしい。
経済学も最初のスロットで押し通した。
テストは日程計画が命
私は再試はしたくないので、各科目とその日程には気をつかった。
何を当たり前のことを、、、と思われるかもしれないが、英語でのテスト勉強はどの科目にどれぐらいの時間が必要かを見積もるのがなかなか難しい。
実際、前期は全然うまく対応できなかった。
当初、統計学は第1スロットが満席で、登録できなかったが、テストが近づくにつれて、科目のヤバさに気づいた生徒が日程を変更するだろうと予想していたため、頻繁に確認し、空きができたらすぐに日程を第2→第1へ登録しなおした。
理由は、統計学が第2スロットのままだと、以降に受けたい科目を圧迫するからである。
写真:第1スロットが空きができたので登録しなおした ※クリックで拡大
逆に、自分にとって一番高いハードルである歴史は、第3スロットに登録していたが、さすがに間に合わないと気づき、再試チャンスゼロの、後がない最終週の第4スロットへ登録しなおした。
結果、以下のような日程で割とバランスが取ることができた。
第1週
経済学概論(第1スロット)
第2週
統計学(第1スロット)
ハンガリー語(オーラルテスト)
第3週
法学入門(第2スロット)
第4週
歴史(International Relations from 1815 to 1945)(第4スロット)
※第1週に第1スロットを設けられたのは経済学と歴史のみ
つけ加えておきたいのは、統計学は毎週予習と復習をしていたので、第1スロットで勝負できたということだ。
しかしラスト2週くらいは、経済学のテスト準備と重なり、予習復習ができていなかったので、テスト前、正直あと2~3日欲しかった。
第3~4週は学習科目の切り替えがなく、歴史のみ毎日ひたすらやることになる。
ここまで時間を割かざるを得ない科目なため最終週にセットしただけだが、好きな科目じゃなかったら、1科目ひたすら学習では頭がおかしくなるだろう。
チーティングの横行?
前回も少し触れたが、日本語で言うとカンニングだが、なかなか良く聞く機会がある。
いまはChatGPTのようなものが存在するため、選択問題系や、数学系のテストであれば、スマホでカシャリで即解答が得られる。
ある日、私のルームメイトがえらい早くテスト会場へ出発しようとしていたため、
「早いね、もう行くの?」
と聞いたら、
「良い席を取りたいんだ」
と答えが返ってきた。
最初、試験に良い席もくそもないだろうと思ったが、なるほどと理解した。
テスト後、「どうだった?」と聞くと、
「とても難しい科目だから、なんとかChatGPTで解答することができて良かったよ」
と不思議なことを言っていた。
また他の日程では、
「みんながChatGPTを同時に使用したから制限がかかってキックアウトされた」
と、テストができなかったというようなことも言っていて、笑った。
彼いわく、
「真ん中よりちょっと後ろ目のセンターの座席」が狙い目だそうだ。
本日、私が歴史のテストで10分前に会場に着くと、300人座れる講堂の半分から後ろにしか生徒が座っていなかったのに、一瞬そういうルールなのかと思ったが、彼の話を思い出した。
確かに歴史のテスト形式(後述)からするとチーティング効果は絶大だろう。
私は前に座ったので、実際やられているかは見ていないが。
私が工学部生の頃も、ゆるい専門教科がいくつかあり、カンニングの横行はあった。
私はその科目でカンニングをしたのに単位を落としたので良く覚えている。
ほかの専門科目には、講師がテスト会場から姿を消すという科目があった。
「これから少しいなくなるけど、お前ら、ぜったいに悪さするなよ」
と言っていなくなるのである。
この時間は当時「ドキドキチャンス」と呼ばれ、1年上の先輩から、
「あの先生はドキチャンあるから!」
と情報がまわってきた。我々も後輩へ伝授した。
生徒みなで協力して解答作成したことは言うまでもない。
まさに古き良き(?)時代である。
しかし、教養科目はカンニングが不可能だったのに、専門科目になるとゆるい科目がいくつかあったのは、今考えると不思議である。
テストがあった科目のまとめをする。
中間試験:21 / 30点
セミナー:8 / 10点
期末試験:48 / 65点(5点はボーナスポイント問題)
合計:77 / 100点(グレード4)
写真:成績 ※クリックで拡大
中間テストでは、しょうもないミスがあったので悔やまれる点数だったが、期末試験は
かなり易しい問題と、
かなり難しい問題の両極端になっていたので、中間のような反省とはならなかった。
その上、下記のように選択問題1問に対しての配点が高いため、容易に点数を失う。
(各問題、選択肢は5つもある)
選択問題10問(各4点)
記述問題1問(グラフ作成:20点)
ボーナス問題5問(各1点)
そのため相当細かいところまで理解している生徒のみ9割とれたのではないだろうか。
(選択問題を2問誤答するだけで9割をきる)
テスト開示日に間違ったところを確認しに行ったが、前期と違い、「間違ってしょうがない」か、「解答見てもわからない」問題を誤答していたので、実力点である。
ちなみに記述問題のグラフ作成は、勉強した人にとっては「ふざけるな」というくらい簡単な問題だった。
私はボーナス問題で1問誤答と、選択問題を4問誤答した。
テスト結果が正規分布にならないであろう、いささか悪い手本の試験であった。
ハンガリー語
期末試験:92 / 100点(50%)
オーラル:非公表(25%)
その他:50 / 50点(25%)
合計:非公表(グレード5)
後期、文法はかなり複雑になったが、途中からハンガリー語は毎日勉強するようにしていたので、ペーパーは無難に通り過ぎた。
講師も最後の2週は文法に特化した練習問題を授業でも取り上げてくれたこと、模擬テスト形式や、関連文法の宿題をどっさりくれたので、個人的にはとても助かった。
問題はオーラルである。
ペーパーテストの合格通知が来ると、オーラルのテスト日程をオンラインプラットフォームのNeptunで登録できるようになる。
ペアワークがあるため(日本人と組んだ)、ペアの人と同じ日に登録する必要がある。
日程によって試験官が違うため、授業の講師が担当の日程で一番遅い日付を選んだ。
ペアの学部は5月末で全テストが終了だったので、彼のテスト終了日の翌日からテスト日当日まで約1週間、毎日2人で練習した。
試験当日は来た者順に試験を実施。まずペーパーテストの結果を確認し、
・ペアとの会話(約2分)
・試験官との会話(1分程度)
という構成である。
まずウォーミングアップから始めましょう、と試験官との他愛もない会話から入った。
私は「他愛もない会話」の準備はしていなかったので、さっぱりわからなかった。
そしてペアワーク。
事前にトピックについて情報はないので、予想して4つほど準備していたのだが、もはやトピックがよくわからないまま、ペアが会話を始めたので、練習したフレーズをとにかく返して、最後はバイバイで、2分以内に強引に終わらせた。
次に試験官との会話。
試験官との会話には12題のトピックから1つ与えられるが、会話の参考がテキストにもプリントにも見当たらないお題が半分なので、我々の実力では練習しようがなかった。
私は幸運にも事前に練習できた会話表現を使えるトピック(ハンガリアンレストランでの注文と会計)だったので、事なきを得た。
私のペア君は不幸にも練習のしようがないトピックを引いてしまったが、なんだか全力を尽くして、なんとか会話を成立させていた。
最後に「2人とも満点です」と言ってもらえたが、ウソか本当かはわからない。
次のセメスターも選択科目でつづきの講義を取れると案内されたが、とても興味はあるが、語学で週2回時間が取られるのは結構キツイものがある。(予習復習も含め)
統計学
期末試験:非公表(グレード4:80 - 89点の間)
経済学のテストをやっつけた後から、集中して準備にとりかかったが、大変だった。
予習復習を良くやった科目だったが、初週の方はもはや用語から忘れており、正直すべての資料をやり直す必要があった。
テスト前には、こんな形式だよ、と模擬テストがアップロードされており、復習を終えてからやってみて、それをさらに復習した。
これは、授業出てない生徒はテスト準備だいぶ厳しいだろうな、とは思った。
試験はコンピュータ形式で、与えられたエクセルにそのまま解答を書き込みアップロードして終わりであるが、
テスト時間は2時間ちかくもあった。
テスト当日、会場の建屋に入ると、階段を上ったところで同じ統計学のクラスだった友人にばったり会った。
彼は How are you? もなしに第一声が、
「試験、となり座って良い?」
カンニングする気まんまんだ。
彼から出木杉くんみたいに見られてるようで少し嬉しかったが、私もそんな余裕ないんだけどな、とは思った。
しかし、ハンガリー産のコンピュータにはいろいろ気をもんだ。
電源が付かない
ログインパスワードがわからない
ハンガリー仕様キーボードで「2乗の ^ 」のボタンをどうやって入力するかわからない
(ボタン配置が全然違うのでとても大変だった。図書館で練習しておくべきだった)
このテストは「チーティングシート」なるものを持ち込み可とされている。
A4用紙1枚にエクセル関数の式や、統計値を求める数式などだ。
しかし、解釈など説明は書いてはいけない。
ただ、式だけあれば問題に取り組める、という甘い内容ではないのは確かだった。
面白かったのは、となりに座った彼のチーティングシートは、作文か?というくらい文字が書かれていた。
しかし試験官は学生だったので、彼のチーティングシートをわざわざ手に取ってチェックしたが、特におとがめなしだった。
彼は試験中、大問1の小問集合ページはほとんど空欄だったので、私の画面を必死に見て写しまくった。
隣同士は同じ問題でも数値が違うので、「エクセル式見せて」と小声で聞いてきた。
出来るだけ作業を止めて協力してあげた。
小問の1問の配点が5点とか8点とかかなり高いので、かなりの助けになっただろう。
まずかったのは、大問2は、私はほとんどわからなかったので、予想で解答したが、それも彼は写した。
2人一緒に同じエクセル式で間違ったことだろう。
写真:前日までに第1日程は151→117人まで減った ※クリックで拡大
今週末、最後のチャンスを受ける生徒から何人再履修になってしまうのだろうか。
法学入門
期末試験:非公表(グレード4:80 - 89点の間と思われる)
※テスト公開日はあり。興味がないので行かなかった。
テストは True / False 形式の2択で50問、各2点で100点満点である。
・講義資料
・講義内容
・視聴を宿題にされた映画とドキュメンタリー
からの出題である。
映画はマクドナルドの「ファウンダー」
ドキュメンタリーは「O.J. シンプソン」(かなり長い)
講義がキャンセルになったり、その分ダブルクラスになったり、オンラインになったりと、日程をころころ変えられたので、途中からやる気がなくなった科目である。
最終講義は、私の経済学のセミナーと同じ時間にされてしまう有様だった。
業務理念の基本的なところから欠けてると言わざるを得ない科目であった。
蛇足だが、テストがない科目で、私がもし同僚だったら絶対に一緒に働きたくないな、と思わせる授業運営をしていた科目はいまだに成績が出ていない。
授業中、生徒からいつ成績が出るかとの質問に、
「テストがない科目なので5月末が期限」
6/2にメールで、
「先週までに完了しませんでした。今週末に終えれればと思っています。」
という経過でいまだに(6/18)出ていない。
単にこれがハンガリースタンダードなのかもしれないが。
国際関係学:やっぱ歴史!
歴史(International Relations from 1815 to 1945)
期末試験:非公表
※成績待ち
ロングエッセイ1問(60点)
ショートエッセイ1問(20点)
合計80点満点
前期の
Early Modern and Modern World History から名前が変わり、
テスト形式も少し変更となった。
前期は、
ロングエッセイ1問(60点)
ショートエッセイ2問(20点 x 2)
合計100点満点
・ロングエッセイのテーマは19題が事前に公表、試験時にその中から1題与えられる
・ショートエッセイテーマは試験時に2題与えられる
というものだった。
しかし今回は、
・ロングエッセイのテーマは15題が事前に公表、試験時にその中から1題
・ショートエッセイのテーマも35題が事前に公表、試験時にその中から1題
という形式に変わった。
一見、今回は事前にショートエッセイもテーマが知らされているので有利と思える。
(実際、私もそう思った)
しかし、実際に準備してみると前回よりきつかった。
理由は、前期のショートエッセイのサプライズなお題は、ロングエッセイの準備をしていれば、なんとか知識を持っているものがほとんどだった。
しかし、今回は35題ものテーマを与えられているため、35題+15題のエッセイの準備をする必要があり、相当大変だった。
写真:実際に準備したエッセイ ※クリックで拡大
とにかく、プロイセンとドイツ帝国にヴィルヘルムが多すぎて、最終的に何世がどの時代か、よくわからなくなった。
ヴィルヘルム4世のあとに平気で1世、2世とまた出てくるためである。
英語にするとウィリアムになるし。
そして不幸なことに、本日のショートエッセイはドイツが絡む「三帝同盟」だった。
テストで何が来るか身勝手に予想していたのだが、私のショートエッセイ予想は、
・カールスバート決議
・7月革命(フランス)
・日露戦争
・1次大戦による中東の勢力変化
の中から来る!と無根拠で考えていたが、時代すらかすりもせず、大外れだった。
どだい35題から1つ当てるなんてムリな話ではある。
しかし中東がいま大荒れなので、もしかしたら・・・と淡い期待はあった。
テスト時、ホワイトボードに「三帝同盟」と書かれたとき、「神聖同盟」じゃなくて「三帝」?いつの時代だっけ?となった。
神聖同盟(1815年)
露:アレクサンドル1世、普:ヴィルヘルム3世、墺:フランツ1世
三帝同盟(1873年)
露:アレクサンドル2世、独:ヴィルヘルム1世、墺:フランツ・ヨーゼフ1世
※普はドイツ前身のプロイセン
60年ちかく違うが、激似である。ドイツにいたっては3世→1世である。
メモすら取れないほど、アイディアが浮かばなかったので、90分の試験時間を意味なく失うわけにはいかないので、見切りをつけてロングエッセイをやっつけることにした。
ロングエッセイは、以下を予想していた。
・メフメト・アリーとエジプト危機
・ドイツ統一とビスマルク外交
・ベルリン会議(1878年)の前提と結果
与えられたのは「第1次大戦」。
また時代も大外れである。
2つの大戦、特に1次大戦は欧州がメインなので、そんなハンガリー人にとってメジャーなお題は絶対来ない、と決めつけていたものが来てしまった。
結果、開戦前の状態から、開戦、西部戦線、新兵器の登場、戦後条約と、大戦そのものにフォーカスせずにだだっ広く書いてしまった。
その上、中東のことを書き忘れたし、この内容ならエッセイが長くなってしまうはずのところをA4で1ページ半に収めたので、どうにもちぐはぐな文章になってしまった。
と思いながら、ショートエッセイどうしようかと、残り35分ちょっと。
ここから20分程度うんうん悩んだ。
ケンブリッジ英検でも経験したが、とにかくタイムアップまで諦めないことが重要だ。
三帝同盟がみじんも思い出せないので、まず神聖同盟が何だったかはっきりさせ、消去法で走ることにした。
まず神聖同盟っていつだっけ?(欧州でどう機能したかは良く覚えていた)
ロシア皇帝から始まったけど誰だっけ?ニコライ?アレクサンドル?
ドイツ皇帝を明確にするのはもうムリだな。
宰相はメッテルニヒだから、、じゃあ三帝同盟はビスマルクの時代なんじゃないか、、
なんて悩んでると、ノートに三角形を書いた記憶がうっすらとよみがえった。
写真:小さい三角形や他の同盟線、Three Emperors のワードは思い出せなかった。
その三角形以外のワードなどは全く思い出せなかったため、ビスマルクとドイツ統一のことをまとめたページの間の絵だということは覚えていたが、この記憶の三角形が「三帝同盟」を意味するかはわからないまま、残り15分で勝負した。
結局、ビスマルクによるドイツ統一後で、的を射ていたのだが、動揺しながら時間もない中書いたので、かなり大雑把で正しくない情報も交じり、少々短い文章となった。
だが、0点は避けられたので、後期最後のテスト科目で有終の美とはいかずとも、まあ気持ち的にはやりきった感はある。
今回もかなり苦労したが、やはり歴史は国際関係学の基本として重要である。
現在の米英仏も帝国時代と外交は基本的に変わらないことが良くわかる。
独はいろいろな意味で変わった。
以も大国の利害関係から生まれた国家のひとつであるが、いまはもうほとんどならず者国家である。
※以:イスラエル

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